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大切な事

2020年 ありがとうございました

Bonjour!

1週間前に今年最後のレッスンが 無事終了致しました。

この1年で料理、菓子、パンの思い出のアルバムが沢山増えました。

新しい可愛らしい生徒さま方をお迎えでき嬉しい年でもありました。

何年も通われていらっしゃる方々と新一年生交えての中の良い料理作りは微笑ましい光景でした。

皆さまに喜んでいただけるレシピを考える事は、楽しくもあり時には行き詰まる事もありましたが「美味しい!」と満面の笑顔のお一人お一人を思い描きここまで頑張れました。

いつも思うのですが私のレシピは生徒さまあっての物だと心から感謝しております。

有難うございます。

2021年が皆さまにとって幸多き年となりますように。

良いお年をお迎えくださいませ。

佐藤知子

 

 

 

料理(菓子)教室の再開につきまして

Bonjour!

料理教室及び菓子教室ご参加の生徒様へ

日ごろよりレッスンにいらして頂き有難うございます。

新型コロナウイルスの感染拡大防止の為4・5月のレッスンは残念ながら見合わせて頂く事になってしまいました。

現時点で新型コロナウイルス感染者人数は減っているものの、まだまだ油断は出来ない状態です。

私自身の料理教室再開の目安といたしましてはできるだけ皆様に安心して通っていただける日が戻った時と考えています。先が見えない状態の今はその位のことしか申し上げられずすみません。それまでは休講をする予定です。

つきましては6月は休講であり、それ以降の月に関してのご案内は、開催出来る時のみのお知らせとさせて頂きますので宜しくお願い致します。

延期になってしまいました3月のクッキー教室は涼しくなった秋位にと考えていますがこれもコロナ次第となります。

お家に籠る日々を送っていらっしゃる皆様のおひとりおひとりのお顔を思い浮かべ、少しでも楽しんでいただけるよう料理・菓子・パンのブログを載せるよう努めたいと思っています。

お教室で笑って楽しく料理出来るその日までどうぞ皆様ご自愛くださいませ。

佐藤知子

 

昨年の思い出

Bonjour!

静かな正月を迎えました。

昨年は母という大切な肉親を亡くし寂しさを痛感しました。

 

味わった事のない悲しみを耐えそしてその間にも心を癒してくれる人との繋がりによる喜びも沢山頂きました。

 

考える余裕もなく慌てて出掛けた3月の韓国では思いもかけず韓国出前の豪快さを知りました。

 

9月のパリ旅行は今までの中で一番楽しい旅行にになりました。

いつもならば私の後をついて歩く末娘が、数カ月のフランス生活の中で覚えたフランス語で私をリードしてくれ沢山の経験が出来ました。

 

新しいお友達が2人も出来ました。それも私よりも二まわり以上お若い方達です。

お1人はパリ旅行先で知合いました。

彼女のお名前は有紀さん。

スタイリッシュな彼女は「gru」というショップをお持ちになり、私も一目で気に入った可愛らしいバックを販売していらっしゃいます(gruさんの大人可愛いいバックを是非欲しいとネットで見るのですが人気の品なのでいつも売り切れです)。

有紀ちゃんはご自身のブログの 中で私との出会いを綴って下さいました。

初めてお話しをした時、彼女のはつらつとした魅力に引かれました。

家庭とお仕事を一生懸命やり繰りしての日々が有紀ちゃんを輝かせているのでしょう。

陰ながら応援していきたいと思わせてくれる素敵な有紀ちゃんとの嬉しい出会いでした。

 

もう一人の若いお友達は犬の散歩で仲良く なった千晶ちゃん。

出会って直ぐお夕飯を食べに行きました。

メールのやり取りも、可愛いい絵文字も何もかも新鮮で楽しいです!

「Cirque-Atelier-L’espaceC-」というエステのお仕事を経営していらっしゃるので日々お忙しいはずなのですが私への細やかな気遣いを見せて下さいます。

犬とお散歩をしていると、どこからか「ともこさぁ~ん」と優しい労わったような声が聞こえてきそうです。

会話しているだけで心が癒されそうです。

 

私はやはり年をとっているのでしょうか?

短い時間でも心が通じ合う事を実感できた若きお友達が2人も持てラッキーな年でした。

 

暮れの韓国は日本にはない「トルジャンチ」に出席でき良き思い出になりました。

長女無しでの韓国美味しい物巡りでしたが、韓国の方は優しく、困る事無く、美味しい物が頂けました。

 

そしてなんといってもわたしを支えて有意義な1年に導いてくれたのは家族は勿論ですが料理教室の生徒様でした。

皆様一人一人との触れ合いは大切な心の糧になりました。

沢山の思い出が詰まった2015年でした。

 

 

再び蘇って

Bonjour!

ご覧下さい、このグラス。

どこかで見たことのあるような色・形?

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ある日、切子作家の主人の友人から手渡されました。

以前壊してしまったmyワイングラスではないですか!

主人が破片と生き残った部分を彼に見せたようです。

そして再び彼の手に依って新しく生まれ変わり私の手元にぐい吞みの切子グラスとして戻ってきました。

 

まさかこのように修復できるとは思っていませんでした。

使い捨ての時代を真っしぐらに進んでいる日本でもこのように一つの物を一生使い続けていくと教えてくれた彼の行為がしみじみと心に伝わってきました。

ありがとう!

ゆとりの無さ

Bonjour!

気がつけば料理教室を始めて1年2ヶ月目が終わろうとしています。

ちょっと高揚した気分で迎えたかった2年目のスタートは母との悲しい別れの月になってしまいました。

しかしその悲しみを癒してくれるような優しいお心遣いも沢山いただきました。

そんな皆様に心から「ありがとうございました」と申し上げたい気持ちです。

 

さてそのような中で多くの新しい生徒様が訪れて下さった嬉しい月にもなっていました。

 

目まぐるしく日々が過ぎていく中で昨日はシャーロットの3才のお誕生日でした。

 

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たまたまトリミングの日だったのでお店の方が写真を撮って下さいました。

でも私はバースデーケーキを作ってやることが出来ませんでした。

昨年のバースデーケーキは本人よりもニコルのほうが喜びバクっと食べて満足げな顔をしていたことを思い出します。

余裕が出来たらバースデーケーキを作ってあげましょうね。

 

そして数日前にショックな出来事がありました。

私のmyワイングラスが割れてしまいました。落としたわけではなく洗い上げた時にミシッと壊れてしまいました。日々少しずつひびが入っていたのでしょう。

ピンクの可愛らしい江戸切子のグラスは毎夜の食事時に登場するとても大切なものでした。残念です。

 

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だいぶ前に友人からプレゼントしてもらったグラスだったのにごめんなさい・・・。

仕方なく家にあるワイングラスを代わりに使って呑めばその日のうちにこの始末。

 

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いったいどうなっているのでしょうか?

もう呑むなという事でしょうか。

普段から食器を割ることはなく珍しく立て続けのこの有様。

ゆとりの無さはどこかしらにわらわれるものです。

 

8月は料理教室は夏休みです。

ゆとりの無さの連鎖を食い止め、昨年同様にいえそれ以上素敵なお菓子レッスンを行いたいと思い只今メニューを考案中です。

テーマーは既に「お菓子三昧」と決めていますが「はて何しようかな?」。

私の中はいつも生徒様に接していたいと思っています。

それはレッスンが終わる度「今日も楽しかった!」という気持ちが心を満たしてくれるからです。

 

 

 

初めてのお買い物

Bonjour!

今日は兄2人と私の3人で初めて一緒に出掛けました。

私の育った家には仏壇がなく6月に亡くなった母の為に準備しなくてはなりません。

下の兄の提案でどうせならば沢山仏壇がある所で見比べながら気に入った物を買おうではないかと駅で待ち合わせました。

長い通りに沿って仏壇のお店がいくつもありました。

簡単な説明をしていただきそしてまた次のお店へと移りながらひたすら歩きました。いろいろ見ているうちに益々何が何だか分からなくなってきました。誰もピンときたものは無いようで「いつ買えるのかしら?」と思いながら兄達の後ろを歩いていきました。

暫く行くとショーウインドに飾られたご本尊様が目につきその仏具店に入ってみました。

兄が「ご本尊様にもいろいろの顔があるからよく見たほうが良いぞ」と言っていたのでじっと見てみました。きりっと口を結んだしっかりとした表情のご本尊様でした。

「○○ちゃん(下の兄)に良く似た顔だからマミー(母)もこのご本尊様と一緒ならばきっと喜ぶんじゃないかしら」と私の意見。

結果このご本尊様に決めました。やっと一つ目のお買い物が出来ました。

そしてこちらのお店は仏壇の数はそう沢山はなく、皆で展示されていた仏壇をざっと見ていたらある一点の仏壇に目がいき

「お洒落な母さんにぴったりな仏壇だ」と兄二人がそろっての感想。もちろん私も同感でした。

結局こちらのお店で全てを揃えていただき無事お買い物は終了致しました。

もうお昼をまわっていました。お昼ご飯は3人揃って食べることはなく上の兄は銀座へ、下の兄はお昼ご飯を食べに行き、私は横浜に向かうということで分かれて行きました。

 

3人の兄弟が母と共に暮らしたのは20年ちょっと。

母や兄弟と別々に暮らし始めて60年以上も経っていました。

しかし離れた月日はなんの支障もなく仏壇探しを通して母を3人の子供が同じように見ていたことが良く分かりました。

私達それぞれを十分に愛してくれた母。

急な葬儀だった為私達の好きだった元気ではつらつとした母の写真は見つける事が出来ませんでしたが今になってその頃の物が出てきました。

私の手帳には昔可愛がっていたハムスターと今共に暮らす犬のシャーロットそして韓国に居る娘の写真が挟み込んであります。これからは元気な姿の母の写真も入れようと思います。

亡くなる1年前位から歩けなくなった母。

今私はその母の物を身に付けて「いつも一緒に歩こうね」と葬儀の時に約束しました。

今さらですが・・・。

 

母を想う

Bonjour!

母が他界し1週間が経ちました。

入退院生活をして約1年でした。

30代から始めたゴルフ。最高ハンディ13を出して頑張っていた時代もありましたがまさか歩行できなくなるなんて予想もしていませんでした。

最期は眠るように逝ってしまいました。

 

病に伏してから母に対する自分の気持ちが少しずつ分かってきました。

「一人で大きくなったような顔をして」と言う言葉がありますが正に私に向かっての言葉だと思います。

下の兄がこう言っていました「これまでの自分たちを創ってくれたのは母」と。

全くそう思いました。それなのに私は自分だけで頑張ってきたと思い上がっていました。母に申し訳なく、生前に感謝できなかった情けない自分と後悔で涙が止まりませんでした。

 

この一年の間、母の顔を見ながらこんな事を感じていました。

一つはこの世で私の健康を心から心配してくれていたのは母だったのではないのか、という事です。話せなくなった母のそばでふと感じたことでした。もうそこまでの心配をしてくれる人がいなくなってしまう寂しさが込上げてきました。

もう一つは母の看病を通して長い事離れていた兄弟の結びつきから思ったことです。

私にとっては上の兄は素敵なセンスを持ち衣食の事なら何でも答えてくれます。

下の兄は抜群の頭の良さと正義の塊で私を導てくれます。自慢の兄達の妹としてこの世に私を産んでくれたことを母に感謝しています。

兄達と比べると私はかなり劣った子供でしたが母は急かすこともなく叱る事もなく大事に育ててくれました。

3人の子供をそれぞれに合ったように育ててくれていたようです。

 

そして辛い時期の老後から亡くなるまでの間母を最も大切にしてくれたのは私や兄ではなく主人でした。

私の両親を同じ敷地内に住まわせ、離れて暮らしている兄たちに代わって実の子供以上に両親たちを世話してくれました。

主人には本当に感謝しています。

そして母はそれ以上に有難く思い、幸せを感じていたことでしょう。

 

母の大好きな甘酸っぱい林檎をたっぷりと入れたアップルパイを作りました。

 

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「たくさん愛してくれてありがとう

これからは一緒に歩いていこうね」とメッセージを添えて棺に入れました。

 

孝行したいときに親はない そんな気持ちです・・・。

 

 

 

 

カステラ 2

Bonjour!

昨日母が喜んでくれたのでまた今朝一番でカステラを焼きました(本当の事を言えば昨日のカステラの出来はあまり良くできませんでした。それなのに喜んでくれたりして・・・)。

ですから今日こそはの気持ちで作り直しをすることに昨夜決めました。

ところが朝起きて卵が足りないことに気付き、まだ夜が明けない暗い中を卵買いに走りました。

24時間営業のコンビニは有難いです。

 

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昨日はこの一切れを内1/6量だけしか食べれませんでしたが今日は一切れの半分を食べてくれました。

やはり今日のほうが美味しかったのかしら。

母も「これは昨日のと同じ?」と聞いてきました。昨日のはやはり不味かったのかしら?実のところ昨日のカステラは失敗といっても味に大差はありませんでしたが。

ともあれ喜んで食べてくれているようでした。

娘の力を発揮できたような嬉しい気持ちでした。

ここで暫くの間は親孝行娘は一休みさせてもらいます。

明後日からスタートする料理教室モードにきりかえなければなりません。

しかし、母に次に届ける食べ物は何にするかは心の中で進行中です。

カステラ

Bonjour!

硬いと言いながらも一昨日ちらし寿司を食べてくれた病床の母に一口でも食べてもらいたいとカステラを焼きました。

考えてみると今までのお菓子は自分が食べたいと思う時、お菓子教室用に試作して作ったもの、他人に対してプレゼント用に作ってきたように思います。

私を産み、育ててくれた母だけに作ったお菓子は無かったような気がします。

ついつい甘えてお裾分けで済ませてしまっていました。

申し訳ない・・・。

一時、私がお菓子を注文販売していた時は誰よりも沢山買ってくれたのも母でした。

いまさらですがまだ食べ物が喉を通るので母の為のカステラを焼きました。

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上手には焼けませんでしたが「美味しい」と四口程食べてくれました。

元気になると信じて!

寿司米

Bonjour!

入院中の母が寿司米が食べたいらしいと兄から連絡がありました。

今の母の状態から出される病院食はお粥です。

先生は食べるものに制限はないとのことでしたので私達家族は母の好きそうなものを差し入れしています。少しの量しか食べれませんが。

私は今日、ちらし寿司を作り持っていきました。

 

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母が食べるとしたらほんのふた口位です。残った分は私達がお裾分けしてもらうことにしました。

決して硬めの寿司米ではなかったのですが「少し硬い」と母。「でも美味しい」とわずかな量を10口以上にわたり完食してくれました。

病床姿を見る限り若い頃のアクティブであった母は想像できません。

つい最近、同じ病院で出産した私の娘の子(私の孫)、母にとっては曾孫になりますが「赤ちゃんはどう?」と気にかけてくれています。

生後数日の孫をみていると生きるために「おぎゃー、おぎゃー」とお乳をせがみ生命の力強さを感じます。

また母の場合は1日でも長く生きる為に、食べることを諦めないそんな強い気持ちに涙が溢れそうになりました。

 

 

 

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